11月30日 スコットランド「セント・アンドリュース・デイ」
3月1日 ウェールズ「セント・デイビッド・デイ」
3月17日 アイルランド「セント・パトリックス・デイ」
4月23日 イングランド「セント・ジョージ・デイ」
この様にイギリスの各国には聖人の日というものがあります。日本ではアイルランドのセントパトリックスデイはギネスの効果やアイリッシュパブ、表参道でのパレードでかなり認知されていますが、その他の成人の日というのは知らない方がほとんどのような気がします。
聖ジョージ
聖ジョージ(Saint George)は、聖ゲオルギオス(Georgios)とも呼ばれます。聖アンドリュース、聖デイビッド、聖パトリックと同じようにキリスト教の聖人の一人です。
聖ジョージはイングランドの人間ではなく、3世紀の終わりに、カッパドキア(現トルコ南東部)に生まれたローマ軍の警備をいていたと伝えられています。
警備に当たる兵士が、なぜ聖人になったかというと、キリスト教徒にローマの伝統宗教への改宗を強制するという動きがあったときに、拒否した者は処刑するという弾圧があったそうです。ここで、キリスト教徒だったゲオルギオス(聖ジョージ)は自身の信仰を貫いて改宗を拒否し、斬首されました。そのことから後の人々から尊敬をされ聖人となりました。
さらにゲオルギオス(聖ジョージ)の名を有名にしたのが「竜退治」の物語です。
聖ジョージの竜退治
イギリスにとって竜の存在は非常に大きいものです。それはこの伝説から由来しているものです。
旅をしていたゲオルギオス(聖ジョージ)はリビアのシレーネという町にたどり着いたときに、町の人から凶悪な竜が唯一ある井戸にいるから困っているということを聞きました。町の人々は竜が悪さをしないようにと、育てていた羊を生贄として与えていました。しかし飼っている羊も少なくなり与えることが出来なくなると、今度はクジ引きで選んだ人間を生贄として与えるようになりました。
そして、このクジ引きに王女が当たり、竜に生贄として差し出されることになったとき、そこへやって来たのがゲオルギオス(聖ジョージ)で、その竜を退治し、王女と市民を救ったというものです。そして町の人々は水を自由に得ることができるようになったことで、ゲオルギオス(聖ジョージ)が伝えるキリスト教の教えを受け入れるようになったと言います。
ちょっと別の話もあり、市民がキリスト教に改宗するのを交換条件に竜退治を引き受けたいう話も・・・見事に竜退治をしたことで町の人々がキリスト教の洗礼を受けたという伝説も残っているそうですが、こちらの話では美談にはなりませんね。
この倒した竜の血が赤いバラに変わったという伝説もあり、故にイングランドの国花はバラだと。
聖ジョージが、なぜイングランド守護聖人となったのか
百年戦争という名前だけは覚えていますか?これはイギリス王とフランス王との間で1339~1453年までの間、王位継承や領有権での対立などが原因で戦争になりましたが、この戦争は一般市民も多く巻き込んでのものとなりました。
ちょっと話がそれますが、この戦争はフランス領土内でしか行われていません。当時、イギリス国王はフランス国内に領地をもっていました。これに関しフランス国王に臣従しなければならないという立場であったことが重要です。この時の歴史は非常に複雑で面白いものがあります。ノルマンディーはノルマン王国でありフランス王国ではなく、イングランドに属しています。こういうフランス領土の中のイギリス王国へのフランス王国の領地侵略など、そしてフランス王家同士の対立が原因であってイギリス王国とフランス王国という国家的戦争ではないこと。このまま・・・これまた有名なバラ戦争に続きます。封建領主が終わりを見せ始めたころにフランスではあの有名なジャンヌ・ダルクが登場し、国家と国民という双方の意識がハッキリとしてきます。
このようないきさつもありイギリス王国とフランス王国が真の意味で対立をするようになり、もともとイングランドと仲の悪かったスコットランドがフランス王国と有名な「古い同盟(オールドアライアンス)」を結んだりと、それぞれの国王が王位継承問題、領地問題、この2点が戦争の始まりです。
話しがちょっとそれちゃいました・・・日本で言えば江戸時代、そしてイギリスとフランスだとこの時代の歴史が好きなんです!
1348年ごろゲオルギオス(聖ジョージ)を好んでいたエドワード3世により正式にイングランドの守護聖人として定められたと言われています(ガーター騎士団のシンボルに使用)。
そして時代も移り14世紀以降になると「イングランドの守護聖人=聖ジョージ」と定着しました。
聖ジョージ旗について
イングランドの聖人である聖ジョージですが、実はジョージアにおいても国の守護聖人とされています。さらに国花として白地に赤十字のゲオルギオス(聖ジョージ)を象徴する旗「セント・ジョージ・フラッグ(Saint George Flag)」を国旗にしています。赤は ゲオルギオス(聖ジョージ) の血の色と言われています。
そもそもなのですが「ジョージア」という国名自体が「聖ゲオルギオスの(聖ジョージの」という意味なんです。
どうでしょうか?白地に赤十字、そっくりですよね!ジョージアの国旗は大きな十字のまわりに4つの小さな赤十字がありますが、これはエルサレム十字と呼ばれる十字軍に由来したシンボルです。他の理由としては、4つの小さな十字は「新約聖書」の副音書を書いた「聖マタイ」「聖マルコ」「聖ルカ」「聖ヨハネス」を表現しているという説もあります。
シティ オブ ロンドン の紋章
ロンドン市内で竜と盾をモチーフにした像や紋章を見かけると思います。これは金融街のシティが採用しているシンボルです。竜が盾を支えるように立っている姿をしています。
聖ジョージ旗を主体にしているのは見て直ぐに分かります。その左上部に「ポールの剣」と呼ばれる剣が描かれています。ポールというのは聖パウロを指し、 殉教の際に使われたと言われています。イングランドの守護聖人は聖ジョージ(Saint George)で、シティ・オブ・ロンドンの守護聖人は聖ポール(Saint Paul)で、この2人の象徴を合わせたものがシティ・オブ・ロンドンの紋章です。
この紋章が発表された1381年4月17日、両側で盾を支えていたのは竜ではなく獅子でした。竜に代わるのは1609年、シティの印璽(いんじ)を変えたときでなんですが、1319年の古い紋章の印璽(いんじ)にもなぜか竜が使われていたことが分かり、このことで、いつから竜が使われたのか公式日付が不明になってしまったそうなんです。
イングランドの白竜とウェールズの赤竜
竜というシンボルマークを見て僕は素直に「ウェールズ」のことも考えました。何が違うんだろう?何で色が違うんだろう?という疑問です。調べて分かったことを書いてみます。
イギリスという国はブリテン島に3つの国が存在します。イングランド、スコットランド、ウェールズの3国です。このブリテン島は当時ブリタンニアと呼ばれローマ人によって支配されていました。しかし410年以降ローマ軍撤します。この撤退の理由は領土を拡大しすぎたためにローマ本土で起きた内乱と外敵の侵入の対応に追われて、ブリタンニアまで手がまわらなかったと言います。撤退後はゲルマン系アングロ・サクソン人が渡ってきましたが、もともと定住していたケルト系民族であるブリトン人と激しい争いが生じました。
その時です。アングロ・サクソン人は白い竜、ウェールズ人の祖先であるブリトン人は赤い竜を旗に描きました。これがイングランドは白竜でウェールズ赤竜と、それぞれの国が竜を象徴としている由縁になります。
セント・ジョージ・デイ には何をするのか?
他の国と同じようにブローチや旗を身に付けたりパレードがあったりやっていることはあまり変わりはないみたいです。きっと集まってパブで飲んだり、家で飲んだりするんだと思います。
パレードの様子がYouTubeにありました。
中世時代の甲冑を着ながらパレードとかヨーロッパは良くするんですよね。僕も日本人ですがフランスにいたときはバグパイプの先生がこういうのが好きでフランスで色んな所に連れて行ってもらい、同じように昔の格好をして馬車に乗ったり更新をしたりした思い出があります。
あと、イギリスの民族舞踊でもあるモリスダンス。
やっぱりパブに集まって飲むっていうのがイギリスの日常ですから、それは変わらないけど、パブもお祭りの雰囲気で賑やかだし、イベントやってるパブも多いからいつもよりハイテンションな雰囲気が味わえるのも、またパブの日常。
ラグビーやサッカーで目にするセント・ジョージ・クロスの旗を手に持ったり、顔にペイントしたりと、特にロンドン市内ではパブやクラブ、ライブハウスなど賑やかなイベントになるみたいです。どこも変わりませんね。
とりあえず・・・飲みましょう♪
先にも書いていますがゲオルギオス(聖ジョージ)はイングランドの人間ではありません。ましてやイングランドの地に足を踏み入れたことすらありません。しかし、守護聖人となりました。その理由を書いてみたいと思います。